商品番号:293317
- 発行国:
- ルーマニア
- 造幣都市:
- パリ
- 発行年:
- 1930
- 額 面:
- 10レイ
- 金 性:
- Nickel Brass
- 造幣数:
- 30,000,000枚
- 表図柄:
- カロル2世
- 裏図柄:
- ルーマニア王紋章
- サイズ:
- 23mm
- 重 量:
- 5g
- 資 料:
- KM49
- 状 態:
- VF
ルーマニア・レイの為替相場は1929年2月7日に1アメリカ・ドル=167.20レイに固定され、1936年まで継続した。
カロル2世(在位:1930-1940)はフェルディナンド1世の長男であり、第一世界大戦中のルーマニアを指導して名君とされた父王に対し、公私共に問題が多かった暗君と評価されている。
王太子時代のカロルは多くの女性たちと関係を持ち、既婚女性や平民身分の女性、女子高生などを愛人として庶子を得た。1925年には愛人と駆け落ちして王継承権権を放棄し、妃と息子を残して自身はパリに移った。王位を押し付けられた形の息子ミハイがわずか6歳にして国王に即位したが、1930年の政局混乱に際してカロルは愛人と共に帰国して息子から王位を剥奪、自ら国王に即位してカロル2世を名乗った。

カロル2世とミハイ王太子
即位後のカロルは混迷する内政に干渉し、自身を頂点とする独裁体制を築こうとした。自己顕示欲の強さを反映するように個人崇拝を推し進めようとしたが、極右化する民族主義を制御する能力は無く、閣僚の暗殺も相次ぎ政局はますます混迷の度を深めた。さらにソ連、ハンガリー、ブルガリアなど周辺諸国の要求に屈して領土を割譲し、第一次世界大戦で得た成果を無に帰したため、国内での支持は下がる一方だった。ナチス・ドイツの圧力も強まる中、1940年にカロル2世は再び王位を息子ミハイに譲り、自身が収集した貴重な切手コレクションをはじめとする莫大な王室財宝を持ち出して愛人と共に国外へ亡命した。
祖国ルーマニアが第二次世界大戦で荒廃する中、カロルは切手コレクションなどの財宝を売却した資金で悠々自適の生活を送り、ポルトガルからメキシコ、ブラジルへと移り住みながら、趣味の狩猟や自動車、美食に明け暮れた余生を送った。戦後に息子のミハイもクーデターによって退位させられ国を離れたが、父との面会は一切拒絶し、親子が再会することは二度と無かった。



















