商品番号:292792
- 発行国:
- ブルガリア
- 造幣都市:
- ソフィア
- 発行年:
- 1982
- 額 面:
- 25レヴァ
- 金 性:
- Silver500
- 造幣数:
- 15,000枚
- 表図柄:
- ゲオルギ・ディミトロフ
- 裏図柄:
- ブルガリア人民共和国国章
- サイズ:
- 32mm
- 重 量:
- 14g
- 資 料:
- KM145
- 状 態:
- Proof toned
《ゲオルギ・ディミトロフ生誕100周年記念》
ゲオルギ・ディミトロフ(1882-1949)は12歳から労働組合活動をはじめ、その後コミンテルンの活動家としてヨーロッパ各地を転々とした。ヒトラー政権下の1933年2月27日に起こったドイツ国会議事堂放火事件では容疑者の一人として逮捕されるも、巧みな弁護供述と反対尋問によって世論の関心を得、最終的に無罪となった。その後ソ連に渡ったディミトロフはスターリンの信頼を得、コミンテルンの指導者として活動。第二次世界大戦後にブルガリアへ帰国し、1946年10月の選挙を経て首相に就任した。
ディミトロフは野党など国内の政敵を弾圧・粛清してブルガリア共産党の独裁体制を確立し、1947年12月にソ連のスターリン憲法を模倣した通称「ディミトロフ憲法」を採択した。また個人崇拝も推進され、公の場でのディミトロフに対する批判は処罰対象となった。新聞ではディミトロフに言及する際に「国民の最愛の息子」「指導者であり教師」「レーニンとスターリンの忠実な学生」といった添え名が用いられた。しかし、その政治姿勢は基本的にソ連、そしてスターリンの意向に沿うものであり、ディミトロフが構想していたバルカン諸国の統合「バルカン連邦構想」も放棄せざるを得なかった。
1949年7月2日に療養先のモスクワで病没すると、遺体は防腐処理を施され、ソフィア市内に建立された霊廟に納められた。ディミトロフの義理の弟にあたるヴルコ・チェルヴェンコフが新たな指導者として登場すると、ディミトロフの神格化は一層推進され、1990年の共産主義体制崩壊まで続けられた。



















