イタリア パルマ公国 1815 5リレ銀貨 マリー・ルイーズ

通常価格: ¥48,600(税込)
10% OFF: ¥43,740 (税込)
数量:
在庫:

btn_bookmark250new.png btn_bookmark250gray.png

twitter

商品番号:239742

発行国:
イタリア 
地方名:
パルマ公国 
発行年:
1815 
額 面:
5リレ 
金 性:
SV900 
造幣数:
92,544枚 
表図柄:
マリー・ルイーズ 
裏図柄:
パルマ公国国章 
サイズ:
37.5mm 
重 量:
25g 
資 料:
KM#C30/Dav204/ジェミニ55 
状 態:
VF+ 

 19世紀初頭のイタリア北部に存在した小国、パルマ公国で発行された5リレ銀貨。当時パルマの女公となったばかりのマリー・ルイーズ (在位:1814年~1847年)の横顔肖像が打ち出されています。

 マリー・ルイーズは神聖ローマ皇帝フランツの娘として生まれ、オーストリアの首都ウィーンの宮廷で育ちました。ハプスブルク家の王女として多くの兄弟・姉妹に囲まれたマリー・ルイーズは、後のオーストリア皇帝フェルディナント1世や、ブラジル帝国皇后レオポルディーネの姉であり、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の伯母にあたります。

彼女の名を最も有名にしたのは、フランスのナポレオンの二番目の妃になったことでした。ナポレオンとの間には一人息子(ローマ王)が生まれましたが、ナポレオンの失脚後は離婚し、息子と共にオーストリアへ戻りました。このコインは、ナポレオンが配流先のエルバ島から脱出して政権奪還を図った「百日天下」の年に発行されました。ナポレオンはマリー・ルイーズと息子を呼び寄せようとしましたが、彼女がそれに応じることはありませんでした。

 マリー・ルイーズがナポレオンの皇妃だったことは広く知られていますが、ナポレオンと離婚した後の人生はあまり知られていません。

           MarieLouise.jpg

              パルマ女公 マリー・ルイーズ (1791年~1847年)

 1814年、マリー・ルイーズは父フランツ1世のはからいにより、イタリアの小国パルマの君主に封ぜられました。
この措置はヨーロッパの戦後処理を決めるウィーン会議でも正式決定されましたが、ナポレオンとの息子はウィーンに残し、彼女だけが現地に赴くことが条件でした。

 「パルマ女公」となったマリー・ルイーズは単なる名誉称号に甘んずることなく、現地で生活して積極的に政治に関与しました。責任感の強い彼女は、領民による革命騒ぎが起こった際、宮殿に乱入した暴徒にも自ら直接対応し、毅然とした態度を示したと云われています。

 彼女はオーストリアから派遣された、外国人の君主であるにも関わらず、パルマのイタリア人領民達からも慕われ、善政を行った名君として尊敬されました。ウィーンとパリの宮廷で生活したマリー・ルイーズもパルマでの落ち着いた生活を気に入り、現地で臣下と二度結婚して合せて5人の子を出産しています。後にイタリアを代表する音楽家となるヴェルディは、パルマの貧しい農村の出身でしたが、マリー・ルイーズによる奨学金支援によってミラノへ留学し、後の道を切り開いたとされます。


 

商品検索

商品カテゴリ

NEW 新入荷コインのご案内

NEW 新製品のご案内

 

カレンダー
  • 今日
  • 定休日

お探しコイン

お探しコイン 問い合わせフォーム

バナー

一万円以上お買い上げのお客様 送料無料

コインケース保証書

無料ラッピング受付中 GIFT Wrapping

フジタクブログ

twitter

2k540

ページトップへ