• ドミティアヌス帝/ミネルヴァ女神
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  • 価格:44,000円(税込)

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 表面にはローマ皇帝 ドミティアヌス(在位:AD81-AD96)の横顔肖像が打ち出されています。周囲部には「IMP CAES DOMIT AVG GERM P M TR P XI (=最高司令官 ドミティアヌス皇帝 ゲルマニア征服将軍 大神祇官 護民官特権の保持十一回)」銘が配されています。

 裏面には知恵と戦略を司る女神 ミネルヴァが表現されています。武装した女神は左手の円盾で身を守りながら、右手で槍を構えています。足元には女神の聖鳥であるフクロウが配されています。皇帝の崇敬が強かったためか、当時発行された金貨、銀貨、銅貨の裏面には頻繁にミネルヴァ女神像が表現されていました。


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 現存するローマ最大の円形闘技場コロッセオはウェスパシアヌス帝が「フラウィウス円形闘技場」として建設を開始しました。ティトゥス帝の治世下で落成式が行われましたが、最終的に完成したのはドミティアヌス帝治世下の85年頃とされています。



 ドミティアヌスは父親にウェスパシアヌス帝、兄にティトゥス帝を持つフラウィウス朝の皇帝でした。父兄と比べて後世の評価は高くなく、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』やエドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』といった歴史書では小心冷酷な人物として記されています。
 その為ドミティアヌスは悪政を施いたローマ皇帝として認識され、ネロ帝やコンモドゥス帝と並ぶ暴君のイメージがついています。

 在世中のドミティアヌス帝は規律の厳粛さを求め、規制や法の厳罰化は親族や元老院であっても適応されました。
そのため政敵は多く、ドミティアヌス帝は暗殺の恐怖に怯えるようになります。暗殺を恐れるあまり疑心暗鬼となり、元老院を無視した独裁を強めていきました。
 しかし最期は側近たちの計画によって暗殺され、ドミティアヌスが最も恐れていた形で治世を終えることになりました。暗殺後、元老院はドミティアヌスに対して「ダムナティオ・メモリアエ(記録抹消)」の決議を行い、公式に悪帝と認定されたのでした。その結果ドミティアヌス帝の記念碑や銘文、貨幣はその多くが破壊、または鋳潰されました。


 

価格:44,000円(税込)