当時のビザンチン帝国の財政難から、金と銀の合金(*Electrum)によって製造。独特な製造方法から御椀状になっており、表面のキリスト像が凸、裏面の皇帝像が凹になっている。
裏面には、帝都コンスタンティノポリスを建設したコンスタンティヌス1世と、皇帝アレクシオス3世が並び立つ姿が表現されている。
アレクシオス3世(在位:1195-1203)はアンゲロス朝時代の皇帝であり、兄のイサキオス2世を退けて帝位に就いた。
即位後は歴代皇帝の墓を暴いて副葬品を略奪するなど、その治世は暗愚さを際立たせた。1203年、追放されていた甥がヴェネツィアの支援を得、当地を出発した第四回十字軍にコンスタンティノポリスを攻略させた。
コンスタンティノポリスを攻撃する十字軍 (1330年頃の挿絵)
アレクシオス3世は十字軍と交渉しようと試みるも、甥への譲位は頑なに拒否した。7月17日の夜、十字軍の艦隊はコンスタンティノポリスへの攻撃を開始し、アレクシオス3世はわずかな廷臣たちと共に帝都を逃れた。この時、宮廷にあったおよそ72,000枚の金貨を持ち出し、これを元手に軍勢を結集させて再起を図るもことごとく敗北。後に娘婿のテオドロスが建てた亡命政権ニケーア帝国に身を寄せた。アレクシオス3世はアンゲロス朝で最後まで生き残った皇帝だったが、テオドロスから皇帝位を奪おうと画策するも失敗し、修道院に幽閉されて1211年に没した。