同時代に同じデザインで発行された5ライヒスマルク銀貨の銀含有率は90%であったのに対して、2ライヒスマルク銀貨は62.5%でした。
ヒトラーが独裁体制を敷いた第三帝国時代、ナチスは一般大衆に自家用車を普及させる国民車(フォルクスワーゲン)計画を立ち上げました。一般の労働者でも余暇活動組織「歓喜力行団」を通じて積立金を支払えば自家用車が手に入る計画として、ナチスの目玉政策として実施されました。その計画では国民車一台の価格を1,000ライヒスマルクと設定し、毎週5ライヒスマルクを積み立てれば4年後には車を入手できるというものでした。当時の2ライヒスマルクの価値がどれほどであったかが想像できます。
1930年代のベルリン市風景※
パウル・フォン・ヒンデンブルク(1847年~1934年)・・・・・第一次世界大戦時のドイツ帝国軍参謀総長であり、大戦下の指導者として国民の人気を集めた。戦後のワイマール体制下では大統領を務め、晩年にはアドルフ・ヒトラーを首相に任命した。
大戦の英雄であり、大統領であったヒンデンブルクは、ワイマール時代から発行された多くの記念コインに表現されていた。1934年の死去後、ヒトラーが総統となりナチス体制が確立されると、通常貨の2ライヒスマルク銀貨と5ライヒスマルク銀貨の肖像として使用された。