ドイツ領東アフリカは現在のタンザニア、ルワンダ、ブルンジを包括したドイツ帝国の植民地。1885年にアフリカ探検家のカール・ペータースが設立した「ドイツ東アフリカ会社」が現地の統治と経営、開発をドイツ政府より委託された。しかし内陸への進出と土地開発に反発する現地民の抵抗が頻発し、ドイツ軍と本国による干渉が深まった。
1891年に会社はほぼ全ての権益をドイツ政府に売却し、当地は総督による直轄統治に移行した。第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約によりドイツは領有権を放棄し、イギリスとベルギーによって分割された。
内陸部族を駆逐するドイツ兵 (1896年) 東アフリカのインド洋沿岸地方では英領インドの1ルピー銀貨が広く流通していたため、通貨は英領インドルピーと等価の東アフリカルピーが発行された。1904年2月28日、補助単位としてオーストリアと同じ「ヘラー」が採用され、1ルピー=100ヘラーで流通した(*15ルピー=ドイツ本国の20マルクに固定化)。現在もスワヒリ語でお金を意味する「ヘラ」として定着している。